« 調べるのは楽しい | トップページ | 江戸(2) »

2013年1月11日 (金)

誰何

当館の館長は吉川英治の長男である吉川英明です。
先日、その吉川館長と雑談中に、こんな話が出ました。

吉川英治は、その生涯に30回ほどの引越しをしており、そのため、そのほとんどは借家でしたが、最後に住んだ東京都港区赤坂新坂町の家は、自分で建てた家でした。
それも、設計段階から様々な要望を出し、あれこれと注文をつけて建てた家でした。
とにかく、家が完成するのが待ち遠しくて、家の建設中に住んでいた渋谷区松涛の家から、何かの用事で外出したりすると、その帰路に赤坂の家の建設現場に立ち寄って、その様子を眺めるのを楽しみにしていたそうです。

そんなある日、いつものように赤坂の建設現場に立ち寄り、敷地の周りをウロウロしながら、現場を覗き込んでいる時、不審者に間違われて警官から職務質問されてしまったのだそうです。

たまたま、その時はハンチング帽をかぶっていたことも、怪しさを醸し出して、誰何される要因になったようです。

笑える話ですが、実は、吉川英治が職務質問を受けるのは初めてではありません。

下の関より夜の急行寝台車に入る吉川氏此駅の刑事に怪まれ不満の形相なりしも食堂にて一盃愁雲を散じて寝に就く

吉川英治は、昭和12年1月9日~18日に九州を旅行し、熊本などで宮本武蔵の遺蹟を訪ねています。
連載中だった「宮本武蔵」の取材旅行です。

その旅の同行者である画家の野口駿尾が書いた「好日の旅」(『書と詩画』昭和12年4月号に掲載)の一節が、上記の引用です。

「好日の旅」や吉川英治自身の一連の紀行文の記述によると、1月17日、朝に熊本を出て、門司に移動した吉川英治は風師山から巌流島を見下ろしたり、伊織が建てた武蔵顕彰碑を見たりした後、下関に渡って、そこから夜行列車で東京に戻ります。

この時、下関駅で職務質問されたというわけです。

当時の関門海峡は要塞地帯として警備が厳重でしたし、テレビのない時代ですから、地方の刑事が著名作家の顔を知らなくても不思議はありません。

それにしても、下関の刑事は吉川英治をスパイか何かと思ったのでしょうか?

写真で見る吉川英治の風貌は、そんなに職務質問されやすいタイプとは思えないのですが。

|

« 調べるのは楽しい | トップページ | 江戸(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 調べるのは楽しい | トップページ | 江戸(2) »