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2013年1月 9日 (水)

調べるのは楽しい

昨日のようなことを書くと、「それが学芸員の仕事だろ?」という意見が出るでしょう。

それはある意味でその通りではあるのですが、それだけが学芸員の仕事ではありませんし、それによる対価は得ていないわけですから、それは“仕事”ではなく“奉仕”です。

それに、何かに疑問を持ち、それについて調べることは、本来楽しいことのはずなのです。

実は、昨日はあのように書きましたが、問合せを受けて、それについて調べるということ、それ自体は、私は嫌いではありません。
わからないこと、知らないことが判明していく過程は、楽しいものです。

困るのは、質問者のタイミングでそれをしなければいけないという点と、あくまでそれは質問者の疑問・興味であって、私の疑問や興味ではないという点です。

こちらに時間の余裕がない時に、今まで自分では問題意識を持っていなかったことについて、急に尋ねられても、ちょっと困る、ということです。

それよりも、自分で調べて、不明だったことがわかっていく過程を楽しんだ方が、その人にとっても良いんじゃないかな、と思うのです。
そこからさらに知的関心が広がっていくということもありますし。

それを、電話一本で答えだけを聞いて、それでスッキリしておしまいでは、もったいないし、つまらない、と思うのですが、どうでしょう。

ちょっとズレますが、昨日触れた全国文学館協議会資料情報部会の発表の中で、ある文学館の方が、大学の教員からある雑誌に掲載されたある人物の歌だったか詩だったかを全てリストアップして欲しいという依頼があったという事例を報告なさいました。
それは、その調査自体が立派な研究であって、それを“外注”してしまう大学の教員って、何が楽しくて学者をやっているのかと言いたくなる話です。

結局、問合せに対して、レファレンス情報としてこちらが提供すべき範囲と、疑問・興味を抱いた本人自身が調査・研究すべき範囲との境界というのは、幅の広いグレーゾーンで、その人の考え方によりけりということになるのでしょう。

とりあえず、私は、武者小路実篤記念館方式は採らず、問合せに対しては可能な範囲でお答えしていこうと思いますが、時間の猶予はいただきたいと思う次第です。

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コメント

はじめまして。
文学忌について調べていて偶然こちらの過去記事にたどり着きました。

ところでこちらの日記ですが、私はとても共感しました。
学芸員さんに教えを請わないと厳しい内容もあるので、とても頼りにしていますが、「こんな作品で見つかるはずですよ」とアドバイスをいただき、調べたい事柄の前後の文脈や作品全体のなかでの位置づけなどもあわせて知ることができれば、単に答えを聴いたときよりもずっと喜びが大きい気がします。

研究者の方が研究それ自体をアウトソースしてしまうというのは残念というかもったいないことですね(ノ_-。)
まだ吉川英治記念館には行ったことがないのですが、行ってみたくなりました。青梅方面に行くことがあれば寄らせていただきます。

投稿: こま | 2013年1月10日 (木) 10時43分

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