« 2013年9月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月26日 (火)

けむりと塩

アートプログラム青梅で当館に展示している作家のもう一人、水上嘉久さんの作品は母屋と庭に展示されています。

Pa305659

Pa305645

下の床の間に展示された作品について、まだ展示作業中に水上さんが関係者の方に「イタリア産の大理石で作ってあります」と説明されているのを、たまたま横で聞いて、「イタリアと聞くと、なんだかベスビオス火山の噴火を思い浮かべますね」と言ったのですが、あとで作品名が『水煙』だと知りました。

まあ当らずとも遠からずですね。

Pa305658

さて、作品は石彫なのですが、あまりにも白いので、石ではないと思う人が多くいらっしゃるようです。

玄関に置かれた作品は、触れる場所にあるので(触って良いわけではないですが)、軽く叩いてみる人が少なからずいらして、そうすると“キン”と甲高い金属音がするので、陶磁器だと思うようです。

それはわからなくもないのですが、先日のお客様はちょっと違いました。

「塩に見えたから舐めてみた」そうです。

いやー、アートプログラム青梅の際は過去にもいろんなアクシデントがありましたが、作品を舐めた人は初めてです。
どんな味がしたのか聞いておけばよかったなぁ。(笑)

(131208追記)
先日、お客様に「あのスチロールは何ですか?」と聞かれました。
重い≪石≫の対極とも言うべき、軽い発泡スチロールと思われるとは。
すごい!

| | コメント (0)

2013年11月20日 (水)

恋山彦とキング・コング

吉川英治の「恋山彦」と映画「キング・コング」の関係について、以前こんなふうに簡単に触れたことがあります。
また、そのあらすじについてはここに書きました。

このことについて詳しく書かれた記事を見つけましたので、ご紹介します。

映画との比較が詳しく書かれているので、ご興味のある方はご一読を。

| | コメント (0)

2013年11月 9日 (土)

colony その2

さて、何度も書いているように、アートプログラム青梅の期間中、「なぜ吉川英治の記念館に、こんな訳の判らないものがあるのだ!」というお叱りを受けることがあります。

今回も、作間敏宏さんの「colony」という作品を見て、「気味が悪いし、オウム真理教を思い出させて不快だ」というご意見をいただきました。

Pb025670

作間さんの作風もあり、「気味が悪い」と感じられる方がいるのはわかります。
しかし、「オウム真理教」とはどういうことなのか?

思い至ったのは、この部分。

Pb085690

どことなく、一連の事件の犯人として指名手配された人物の手配写真を思い出させます。

しかし、これがそう見えたとしたら、それは由々しきことです。

左右の顔は一見、同一人物に見えますが、実はそうではありません。

この写真は日本人男性の顔写真を100枚重ねて合成したものです。
しかも、今回これが15点展示されていますが、それぞれ別の100人の顔を合成したものなのです。
つまり、別の100人でも合成すればほとんど同じ顔になる、ということなのです。

“平均顔”というやつがありますが、簡単に言えば、あれです。
作間さんのお話では、あれが世に出る5年ほど前に制作していた作品で、今回のインスタレーションの素材の一つとして再利用したということになるようですが。

日本人男性の“平均顔”が、オウム真理教の手配犯に見える。
それはとりもなおさず、日本人は誰でもああした犯罪を起こす可能性を秘めている、ということなのではないか。
高校の後輩が実際にその中の一人だった者としては、それは切実に感じることです。
いや、あの頃20代の若者だった者ならば、共有できる感覚なのではないかと思います。

もっとも、私が「オウム真理教」と聞いて、こんなことを感じたのは、展示作業中の作間さんとの雑談の中で、この写真が“平均顔”だと聞いていたからです。
その説明なしにこの顔写真を見た人には、同じ人の顔写真を15枚並べているだけにしか見えないでしょうし、それがオウム真理教の信者に見えてしまったら、不快に感じても仕方がないと思います。

その意味では、鑑賞者に何かを伝えるには、説明が不足しているのかもしれません。

総じて現代アート全てに言える事ですが。

| | コメント (0)

2013年11月 8日 (金)

colony

1人の日本人には500人の日本人の知り合いがいると仮定してみましょう。

500人と言うと多いような気もしますが、人口が数万人規模の都市で生まれ育った私の場合、同学年が小学校で3クラス、中学校で8クラスありました。また、高校は私立で13クラスもありましたから、それだけでもかなりの数になります。
それに部活の先輩後輩、職場の同僚や取引先、ご近所や自身の親戚などを加えれば500人は充分クリアできる数字です。
もちろん、その付き合いの親疎は問わず、見知っているというレベルも含めての話ですが。

さて、この500を3乗すると、125000000になり、これは日本の人口に匹敵します。
ということは、計算上、自分とある任意の日本人の間の関係は、直接の知り合いか、知り合いの知り合いか、知り合いの知り合いの知り合いの範囲にほとんど収まるということになります。

ちなみに、4乗すると世界の人口を越えますから、世界の人は知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの範囲内に収まることになるわけで、そう考えると世界は意外に狭い。

通勤電車の隣に座った“見知らぬ他人”は、見知らないだけで全くの“赤の他人”ではない、間に2~3人を挟むだけで何らかのつながりがある可能性があるわけです。

そういう関係性の中で社会は成り立っています。

今回展示されている作間敏宏の「colony」という作品を見て、そんなことを思い浮かべました。

Pb025672

Pb025675

日本人の名前が書かれた小さなパネルが、写真のように組み合わさっている。
一端のパネルともう一端のパネルは、直接には繋がっていないけれど、間にいくつものパネルを介してならば、繋がっている。
その様子が社会そのものに思えました。

私の解釈なので、作者の意図と合っているかはわかりませんが。

| | コメント (0)

2013年11月 2日 (土)

アートプログラム青梅2013、始まりました

例年会場を提供しているアートプログラム青梅が、本日から始まりました(12月8日まで)。

今年は、母屋および庭園に水上嘉久氏の作品が、展示室ロビーと多目的室に作間敏宏氏の作品が展示されています。

その他、青梅市内の小中学生向けですが、スタンプラリー「ペタペタ青梅」のスタンプ設置場所にもなっています。

詳しくは、こちらをご覧下さい。

ところで、今回のテーマは「雲をつかむ作品たち」ということで、「意味がわからない」と言われがちな現代美術の表現の問題を俎上に載せたものなのでしょう。

しかし、作品展示中の作間さんとの雑談の中で、「雲をつかむような作品を作っているつもりはない、自分の中では確かな実感があるものをつくっている」と作間さんはおっしゃっていました。

それがどんなものか、ご興味のある方は是非お運び下さい。

| | コメント (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2013年12月 »