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2013年12月 7日 (土)

人生列車

こんなお問合せがありました。

吉川英治に『人生列車』という文章があると法話で聞いた。
「忘れ残りの記」に掲載されているというが、探しても見つからない。
どこに掲載されているのか教えてほしい。

そう言えば、「忘れ残りの記」に、そんなタイトルの小見出しがあったような気がしたので、確かめてみました。

「忘れ残りの記」は、吉川英治がその誕生から作家となる直前(つまり関東大震災の直前)までを書いた自叙伝です。
その最終章のタイトルが『人生中学通信簿』。途中には『春の豆汽車』という章もありますが、『人生列車』という章はありません。

ただ、問合せの際にその文章の冒頭として口にされた「発車駅の東京駅も知らず」という文句を手掛かりに探したところ、見つかりました。

発車駅の東京駅も知らず、横浜駅も覚えがない、丹那トンネルを過ぎた頃に薄目をあき、静岡辺でとつぜん“乗っていること”に気づく、そして名古屋の五分間停車ぐらいからガラス越しの社会へきょろきょろし初め「この列車はどこへ行くのか」と慌て出す。もしそういうお客さんが一人居たとしたら、辺りの乗客は吹き出すに極っている。無知を憐れむにちがいない。ところが人生列車は、全部の乗客がそれなのだ。人間が生まれ、また、自分も生まれているということは、じつに滑稽なしくみである。(吉川英治歴史時代文庫版 P20-21)

「忘れ残りの記」の第2章『塾の明治娘』という部分にある一節です。
『人生列車』というのはタイトルではなく、文中の1フレーズであったというわけです。

『塾の明治娘』は、自分の誕生と両親の生い立ちを書いた章で、自分の誕生日が戸籍上は明治25年8月13日になっているが、本当は11日であるということを書いた後に書かれているのが上記の文章です。

直前の段落で、「といっても単に生れたんだという漠とした観念のほか、もの心がつくまでの何年かは誰でも、例外なしの空白である。ただ脈搏だけをしている何キロかの肉塊にすぎない」と書いた上で、この段落があります。
また、直後の段落の冒頭には「人権がある以前に、人間には、当人の諾否なく、その人権を付与するという人権無視がある」とありますから、自分の人生と言ってみたところで、結局は無意識のうちに生れ、選択の余地すらない、ということを表現したのでしょう。

さて、一応これでお問合せへの用は足りたわけですが、気になったので、web上で検索してみました。

そうしたところ、この一節を『人生列車』というタイトルの詩として紹介しているサイトが複数ありました。
これは、上記の通り、勘違いということになります。
「忘れ残りの記」の一節であると正しく紹介しているサイトもありましたが、いずれのサイトも、この文章を「~全部の乗客がそれなのだ」で終えて、最後の「人間が生まれ~」の部分をカットしていました。
そこまでで一段落になっているのですが。

まあ、そうした方が≪名言≫としては納まりが良いですからね。
誰かがそんな風にアレンジして、タイトルもつけたのでしょう。

ということで、一応全文を(というか一段落に過ぎないわけですが)ご紹介しておきます。

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