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2014年2月28日 (金)

冬期休館期間のお知らせ

既報の通り、吉川英治記念館は2014年より開館期間を変更することになりました。
従来の通年営業から、原則として春季の3・4・5月、秋季の9・10・11月の6ヶ月間の開館となり、6・7・8月および12・1・2月は休館いたします。

今期は2013年12月24日(月)~2014年2月28日(金)を冬期休館といたします。

休館期間中も職員は出勤しておりますのでお問合せへの応対はいたしますが、電話には出られない場合がありますので、メールまたはファックスをご利用下さい。
メールは吉川英治記念館ホームページのお問合せのメールフォームからご利用いただけます。

よろしくお願いいたします。

○2014年の開館期間
春季 3月1日(土)~6月1日(日)
秋季 9月2日(火)~11月30日(日)

○開館期間中の休館日
月曜日
(ただし月曜日が祝日の場合は開館し翌火曜日、連休の場合は祝日最終日の翌日に休館します。なおゴールデンウィーク中の4月28日(月)は開館します)

○開館時間
10時~17時(ただし入館は16時30分まで)

電話 0428-76-1575
ファックス 0428-76-1936
問合せ用メールアドレス renraku-yehm@mbr.nifty.com
WEBサイトアドレス http://corp.kodansha.co.jp/yoshikawa/

なお、この記事が休館期間中常にトップに来るように日付を休館期間最終日の2014年2月28日にしてあります。
ご注意下さい。

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2014年2月15日 (土)

吉野村の梅――承前

さて、幸堂ら一行は日向和田駅から5・6丁の所にある渡し場を渡り、対岸を4・5丁歩いて吉野村に入ったと書いていますが、行政区からすれば対岸は全て吉野村のはずなので、梅の多い場所に着くまでに4・5丁歩いたということなのでしょう。

ちなみに、私の持っている古絵葉書の中にこんなものがあります。
Photo

タイトルが「奥多摩渓谷神代萬年橋の渡(青梅町)」となっています。
その名の通り神代万年橋という橋が、現在の神代橋の上流側下方にあったはずなのですが、それとは別に渡しもあったということなのでしょう。

一行が渡ったのは、こんな渡しなのでしょうか。

帰路は、そのまま吉野村側の道を進み、万年橋を渡って青梅に入り、青梅駅から列車に乗車しています。

万年橋についてはここここで触れています。

『吉野村の梅』という文章は明治38年のものですから、当時の万年橋は木造橋だったはずです。

さて、気になったことの一つは、一行の食事の場面。

渡し場の近くの万年屋という料理屋で食事をするのですが、どんな料理があるかと聞くと、東京から持ってきたマグロの刺身と言われてガッカリするという描写があります。
なにか、こう、いまでも山奥の温泉地に行ったのに、出てきたのが海産物の刺身盛り合わせで脱力する、ということがママありますが、明治の昔からそんな状況だったんですね。

もっとも、この店では、結局は地元のハヤを出すのですが。

一方、こんな記述があります。

当所は梅の実を作る所と見えて、古木の茂れる枝先を無闇とヘシ折ゆゑ、枝は彼方此方に絡て、恰ど女の髪の縺たるが如き有様なり。併し、盛とならば定めて見事なる眺めなるべし。

これについて、吉川英治も文章を遺しています。

奥多摩地方では、梅の実を多く収穫するために、梅の枝を、捻じ折る習慣がある。ために、下向きの枝がふえ、樹の姿が、傘のように見える。吉野の“折り梅”と呼んで、これを名物と見る人もあり、また自然でないといって、好まない人もある。川合玉堂氏などは、後者の方である。(随筆『梅ちらほら』より)

この文章が掲載されたのは3月の終わり頃ですが、どうやら幸堂らは2月頃に吉野村を訪れたようです。
その結果、ほとんど梅を見られませんでした。

実は、吉野の梅は3月のお彼岸頃が満開のピークなのです。
いまでも、そうとは知らない観梅客が2月に来てしまって「全然咲いてないじゃない」とぼやかれることがあるのですが、幸堂一行も、そのお仲間となってしまったわけです。
そして、こう書きます。

彼岸の末といへば、彼岸桜も綻びる頃ゆゑ、東京より杖を曳いてこの梅を観んといふ人もあるまじけれど、仏は仏、祇王は祇王、名残の梅も又清き花の香を止めて、床しきふしのなきにしもあらざるべし。

「仏は仏、祇王は祇王」とは、「平家物語」の平清盛に寵愛された仏御前と祇王のこと。
梅も桜も美しさでは甲乙つけがたい、どちらにもそれぞれの良さがあるということでしょう。

そんなわけですから、桜前線が近付いてきても、吉野の梅は咲いていますから、是非お運び下さい。

色々と問題は山積していますが、今年も梅まつりは開催しますから。

と、最後は宣伝で締めましょうか(笑)

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2014年2月14日 (金)

吉野村の梅

「汽車に乗った明治の文人たち 明治の鉄道紀行集」(出口智之編 2014年1月30日 教育評論社)という本を書店で見つけ、手に取ったところ、表題の文章があったので、購入しました。

執筆者は幸堂得知。
同書によれば、この人物は明治に活躍した俳人・作家・劇評家。饗庭篁村の親友で、幸田露伴や岡倉天心らと根岸党と言われるグループを形成していたとのこと。

この『吉野村の梅』という文章は、『東京朝日新聞』明治35年3月28・29日に掲載されたもので、幸堂が武田仰天子・半井桃水に誘われ、3人で吉野村へ観梅に行った道中記です。

私が興味深いと思う点をご紹介してみましょう。

一行は牛込の停車場から汽車に乗り、新宿で八王子行きに乗り換え、立川で日向和田行きに乗り換えています。

牛込駅はいまの飯田橋駅の前身で、既に廃駅になっています。場所はいまの飯田橋駅よりも四谷寄りだったようです。
現在は全てJRの路線ですが、当時は牛込から立川までは甲武鉄道、立川から日向和田は青梅鉄道でした。
日向和田駅はこの時点での青梅鉄道の終点ですが、現在の日向和田駅とは場所が異なり、現在の宮ノ平駅のそばにありました。

幸堂はまめなのか、およその時刻を書いています。
牛込駅で乗車したのが午前8時、新宿駅到着が8時20分。
そこからの八王子行きが9時15分までなく、それに乗車して、立川駅で乗り換えた上で日向和田駅に到着したのが11時35分。
立川での乗り換えに要した時間はわかりませんが、青梅駅では8分間停車したと書いています。

ということで、新宿9時15分発―日向和田11時35分着なので、2時間10分を要しています。
現在なら、新宿駅9時16分発の青梅快速で青梅駅到着が10時25分、10時52分の奥多摩行きに乗り換えて、10時54分に宮ノ平に到着します(平日ダイヤ)。したがって所要時間は1時間38分。
思ったほど時間が短縮されていませんね。
もっとも、時間帯によっては停車駅の少ない青梅特別快速が走っていますし、青梅駅での乗り継ぎのタイミングがもっと短いものもありますから、もっと早く着くことも出来ますが。

ちなみに、当時の青梅鉄道の駅は、立川―拝島―福生―羽村―小作―青梅―日向和田でした。
現在の青梅線は立川―西立川―東中神―中神―昭島―拝島―牛浜―福生―羽村―小作―河辺―東青梅―青梅―宮ノ平(以降省略)ですから、間の停車駅が倍以上。
その分で所要時間も増えるので、そのあたりが思ったほど時短出来ていない理由なのでしょう。

青梅線内は今でも、ホリデー快速などを除けば各駅停車が基本ですから。

首都圏以外の方に説明すると、青梅快速・青梅特別快速というのは、中央線から青梅線へ直通運転する列車で、それ以外の青梅線の列車は立川駅で乗り換える事になります。
また、現在は早朝などを除いて青梅線の列車は立川―青梅間と青梅―奥多摩間が分離運転されており、立川―奥多摩間を直通する列車はほとんどありません。
そして、青梅―奥多摩間の運行本数はおよそ1時間に2本なので、上で見たダイヤも、青梅駅での乗り継ぎに27分もかかっています。
これも、時短出来ない理由です。

なんだか長くなってしまったので、続きます。

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2014年2月 9日 (日)

吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展

初日に告知するのを忘れてしまいましたが、現在、東京都新宿区のHCLフォトギャラリー新宿御苑にて、吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展を開催しています。

2月19日までです(ただし土日・祝日は休館)。
よろしければお運び下さい。

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2014年2月 8日 (土)

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天気予報通り雪が降りました。
午前中、念のために館の周囲の道路の雪かきをしてみましたが、もう全くの無意味になってしまいました。
止んでからにすれば良かったorz

先日、“All work and no play makes Jack a dull boy”なんて書きましたが、雪に降り込められて、「ここはオーバールックホテルか?俺は庭の迷路で凍死するのか?」という気分になります。

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ま、雪国の人からは「大袈裟だよ」と言われるでしょうが。

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