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2014年2月14日 (金)

吉野村の梅

「汽車に乗った明治の文人たち 明治の鉄道紀行集」(出口智之編 2014年1月30日 教育評論社)という本を書店で見つけ、手に取ったところ、表題の文章があったので、購入しました。

執筆者は幸堂得知。
同書によれば、この人物は明治に活躍した俳人・作家・劇評家。饗庭篁村の親友で、幸田露伴や岡倉天心らと根岸党と言われるグループを形成していたとのこと。

この『吉野村の梅』という文章は、『東京朝日新聞』明治35年3月28・29日に掲載されたもので、幸堂が武田仰天子・半井桃水に誘われ、3人で吉野村へ観梅に行った道中記です。

私が興味深いと思う点をご紹介してみましょう。

一行は牛込の停車場から汽車に乗り、新宿で八王子行きに乗り換え、立川で日向和田行きに乗り換えています。

牛込駅はいまの飯田橋駅の前身で、既に廃駅になっています。場所はいまの飯田橋駅よりも四谷寄りだったようです。
現在は全てJRの路線ですが、当時は牛込から立川までは甲武鉄道、立川から日向和田は青梅鉄道でした。
日向和田駅はこの時点での青梅鉄道の終点ですが、現在の日向和田駅とは場所が異なり、現在の宮ノ平駅のそばにありました。

幸堂はまめなのか、およその時刻を書いています。
牛込駅で乗車したのが午前8時、新宿駅到着が8時20分。
そこからの八王子行きが9時15分までなく、それに乗車して、立川駅で乗り換えた上で日向和田駅に到着したのが11時35分。
立川での乗り換えに要した時間はわかりませんが、青梅駅では8分間停車したと書いています。

ということで、新宿9時15分発―日向和田11時35分着なので、2時間10分を要しています。
現在なら、新宿駅9時16分発の青梅快速で青梅駅到着が10時25分、10時52分の奥多摩行きに乗り換えて、10時54分に宮ノ平に到着します(平日ダイヤ)。したがって所要時間は1時間38分。
思ったほど時間が短縮されていませんね。
もっとも、時間帯によっては停車駅の少ない青梅特別快速が走っていますし、青梅駅での乗り継ぎのタイミングがもっと短いものもありますから、もっと早く着くことも出来ますが。

ちなみに、当時の青梅鉄道の駅は、立川―拝島―福生―羽村―小作―青梅―日向和田でした。
現在の青梅線は立川―西立川―東中神―中神―昭島―拝島―牛浜―福生―羽村―小作―河辺―東青梅―青梅―宮ノ平(以降省略)ですから、間の停車駅が倍以上。
その分で所要時間も増えるので、そのあたりが思ったほど時短出来ていない理由なのでしょう。

青梅線内は今でも、ホリデー快速などを除けば各駅停車が基本ですから。

首都圏以外の方に説明すると、青梅快速・青梅特別快速というのは、中央線から青梅線へ直通運転する列車で、それ以外の青梅線の列車は立川駅で乗り換える事になります。
また、現在は早朝などを除いて青梅線の列車は立川―青梅間と青梅―奥多摩間が分離運転されており、立川―奥多摩間を直通する列車はほとんどありません。
そして、青梅―奥多摩間の運行本数はおよそ1時間に2本なので、上で見たダイヤも、青梅駅での乗り継ぎに27分もかかっています。
これも、時短出来ない理由です。

なんだか長くなってしまったので、続きます。

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