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2014年6月24日 (火)

原作と映画

「ホドロフスキーのDUNE」という映画を観てきました。

「エル・トポ」などで知られる映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーが、フランク・ハーバートのSF小説「デューン」を映画化しようとして、それに頓挫するまでを描いたドキュメンタリー映画です。

映画の全体的な感想は措くとして、吉川記念館の学芸員として気になったホドロフスキーの発言をご紹介します。

映画を作る時は原作から自由になるべきだ。結婚と同じようなものだ。花嫁は純白のドレスを着ている。純白のドレスのままでは子供は作れない。脱がさなきゃダメだ。花嫁を犯すためにね。
そうすれば自分の映画を作れる。私はハーバートの原作をこうやって犯したんだ。大きな愛をもってね。
(パンフレットより引用)

ホドロフスキーは、文章で表現される小説と映像で表現される映画は根本的に別のものだという信念があったのでしょう。
それと同時に、自分が表現したいもののために原作を利用するという意識も。

おもしろいことに、原作小説を提供する側である吉川英治もまた、それを結婚になぞらえていました。

本人が書き残したものはありませんが、「原作を提供するのは娘を嫁にやるようなものだ」と、周囲に対して口にしていたそうです。

吉川英治は明治生まれの、どちらかと言えば古い家族観の持ち主ですから、嫁に出したからには娘はもう相手方の家のものであり、相手がその家風に合うようにしていくものだという意識を前提にした言葉ととらえると、これも、文章と映像は違うものだから、原作通りでなくても構わない、改変されるのも仕方がないということでしょう。

原作を提供する立場の小説家たる吉川英治と、それを映画化する立場のホドロフスキーが、同じ『結婚』という言葉を用いたのが、興味深く思えました。

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