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2015年4月19日 (日)

景清

昨日は草思堂落語会を開催しました。

演目は、前座の柳家小はぜさんが「牛ほめ」。
柳家禽太夫師匠は、吉川英治原作の「弘法の灸」と古典の「景清」の二席。

「弘法の灸」はさておき(吉川英治記念館なのに 笑)、「景清」という噺について、落語会の後に調べてみたところ、ごく個人的に興味深いことがわかりました。

眼が見えなくなった彫師の定次郎が赤坂・圓通寺の日朝様に祈願に行くが、満願の21日目に、隣で同じように祈願していた若い娘に手を出してしまい、祈願がかなわなくなる。
それを、定次郎の腕を惜しむ石田の旦那にたしなめられ、あらためて上野の清水観音様に100日の祈願をすることになる。
その満願の100日目、一心に拝むも眼が見えるようにならないことに腹を立てて悪態をつく定次郎。
秘かに見守っていた石田の旦那がたしなめるが、この日のために苦しい生活の中から着物を仕立て、家で祝いの料理も準備して待っている老母の事を思うと、眼が明かぬままではとても帰れないと言う定次郎。
石田の旦那も同情し、お前たちの生活の面倒は見てやるから、もう100日祈願を続けるよう諭す。
その言葉に、とぼとぼと帰路に着く定次郎。
すると、突然の雷雨に見舞われ、定次郎は雷に打たれてしまう。
奇跡的に助かった定次郎、気がつくと目が見えるようになっていた。

という人情話が、「景清」です。

禽太夫師匠は、江戸落語としてこの「景清」を演じられたので、登場するのが江戸界隈の寺院ですが、元々は上方落語で、登場する寺院も違います。

最初に祈願が破れるのが柳谷観音で、最後の場面は「清水の舞台」で知られる清水寺です。

このうちの柳谷観音というのは、私の実家のある京都府長岡京市にある寺で、その寺の裏手にある霊園に私の両親の墓があるのです。
父親は今年1月に死んで、3月に納骨したばかりです。

禽太夫師匠は、当然、そんなことはご存知ないので、全くの偶然ですが、「景清」を検索して柳谷観音の文字が見えた時に、ちょっと驚きました。

妙なこともあるものです。

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2015年4月12日 (日)

平成27年度吉川英治賞贈呈式(2)

承前。

吉川英治文学新人賞の西條さんは、作家にいたる経歴に触れて、「最初は翻訳家を目指したが、他人の文章を書き写すのが性に合わなくて、だったら自分で書いた方がいいと思った」というようなことを話されましたが、その感じ、よくわかるなぁと思いました。
他人の“てにをは”の選択が、どうにも釈然としない時ってありますもんねぇ、普通に読書していても。

吉川英治文化賞の遠藤さんは、史上最短に近いスピーチだったんじゃないでしょうか。

「私はただ毎年遺骨収集に行っただけです。(こんな賞をもらってしまって)すみません」

それだけでした(うそです、もう少し丁寧に、かつ、すみませんを3度ほど繰り返されました)。
1分かかってないんじゃないでしょうか。

同じく文化賞の野口さんは、選考委員の阿川佐和子さんから、名前を呼び間違えられた上に、「今年の受賞者の中では最年少の50代」とボケをかまされてしまいましたが(実際は72歳)、それを受けて「今日は髪を染めてきました」と返しておられました。
こういう明るさがないと、残せない業績だなと思いました。

日置さんは、「続・国史大年表」の原稿を示しながらスピーチをなさいました。
それが、原稿用紙ではないB4の紙に、付箋が上下左右に無数に張り付けられた原稿で、これは多くの編集者が尻込みするのも当然だな、と感じました。
そこを敢えて出版した国書刊行会はすごいですね。

日吉さんは、御年100歳ということで、お孫さんが代理出席なさいました。
ちなみに、昨年の受賞者の中一弥さんは受賞時に103歳で、最高齢の受賞者となりましたが、2年連続で100歳越えとは、すごいですね。

最後に、来年の吉川英治賞50周年を機に新たに、吉川英治文庫賞を創設することが発表されました。

これは、従来、文学賞の選考からは漏れてしまいがちなシリーズ作品を対象とした賞です。
対象となるのは、「複数年にわたり、5巻以上の複数巻で文庫刊行されている大衆シリーズ小説とその著者」ということになっています。

ちなみに、難癖をつけるわけではありませんが、吉川英治には、そうしたシリーズ作品はありません。
残念。

それと、本賞が第50回の時に第1回ってことは、以後、第51回の時に第2回、第52回の時に第3回となってしまうので、なんか数字がずれてて、すごく引っかかってしまいます。

細かいな(笑)

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2015年4月11日 (土)

平成27年度吉川英治賞贈呈式(1)

昨日は吉川英治賞の贈呈式でした。

いや、贈呈式の前に、賞の発表があった時に受賞者の皆さんのご紹介をしなかったので、改めてご紹介します。

○第49回吉川英治文学賞

「平蔵狩り」(文藝春秋刊) 逢坂剛

○第36回吉川英治文学新人賞

「まるまるの毬」(講談社刊) 西條奈加

○第49回吉川英治文化賞

遠藤尚次(元シベリア抑留経験者が20年以上、ロシアで戦友たちの遺骨収集を続ける)

野口義弘(20年以上、非行少年・少女126人を雇用し、自立・更生を支援する)

日置英剛(半世紀にわたり「読む年表」、『新・国史大年表』の執筆・編纂を続ける)

日吉フミコ(水俣病の患者、被害者支援組織を立ち上げ、47年にわたり奮闘する)

以上の6名の方々が受賞されました。

逢坂さんは昨年吉川英治文化賞を受賞された挿絵画家の中一弥さんのご子息で、それぞれの活動によって親子が別々に吉川英治賞を受賞された初めてのケースとなります(同じ活動に対して親子同時に受賞された例はあります)。
ちなみに、雪崩の研究で吉川英治文化賞を受賞された高橋喜平さんと吉川英治文学新人賞と文学賞の両方を受賞された高橋克彦さんは伯父-甥の関係になります。

選考委員の北方健三さんが「逢坂さんが候補に挙がっているのを見て、もう受賞しているものだと思った」ということを言っておられましたが、逢坂さんと北方さんは同じ大学の先輩-後輩にあたるそうで、今回は後輩が先輩の選考をすることになったそうです。

なお、詳細は後日公開しますが、例年行っている「吉川英治賞受賞作家を囲むひととき」の今年の講師は、逢坂さんにお願いし、ご承諾いただいております。

長くなるので、以下次項。

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