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2015年9月27日 (日)

スペイン語版「新・平家物語」

今日、来館したお客様の中に、ヨーロッパ系の外国人の方がいらっしゃいました。
たまたま、私がミュージアムショップにいる時に声をかけられたのですが、実はスペインの出版社の方で、昨年から「新・平家物語」のスペイン語版を刊行し始めたのだとか。
そして、これまた、たまたま吉川英明館長がその場にいたので、ご紹介したところ、驚き、かつ喜ばれて、その第1巻を持参しているということで、ご寄贈いただきました。

「新・平家物語」は吉川英治の作品では、最初に翻訳された作品ですが、その最初に翻訳された英語版は、まだ『週刊朝日』誌上に連載途中に刊行されたため、翻訳も途中までになっています。
その後出たフランス語版は、その英語版を底本にしているため、これまた途中までしか翻訳されていません。

しかし、彼らのスペイン語版は日本語から直接翻訳しているのだというのです。
無事に最後まで(全9巻の予定)刊行できれば、初めての完訳ということになります。

そうお教えしたら、「がんばります」との答えでした。

こちらとしても頑張ってほしいものです。

ちなみに、出版社名が“SATORI”。
本の表紙に印刷されている会社のロゴは漢字の「悟」。

うっかり、社名の由来を聞き忘れたのが、心残りです(笑)

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2015年9月24日 (木)

逢坂剛さんを囲むひととき

すでにサイトの方で告知していますが、10月17日(土)に「逢坂剛さんを囲むひととき」を開催します。

こちらをご覧ください。

このイベントは、その年の吉川英治文学賞受賞者を青梅の吉川英治記念館にお招きして、吉川英治が生活した母屋の座敷で、お話を伺うというものです。

ホールや教室のような場所とは違う、距離の近さが魅力です。
ぜひご参加ください。

ところで、上記リンク先で「逢坂さんは昨年吉川英治文化賞を受賞された挿絵画家の中一弥さんのご子息で、それぞれが別個に受賞された方としては初めての親子での吉川英治賞受賞になります」と書いています。

まわりくどい表現をしているのは、吉川英治文化賞の受賞者の中には、その業績に鑑みて親子で一緒に受賞されている方がいらっしゃるからです。

どのような方々がいらっしゃるかは、こちらをご覧ください。

ちなみに、中一弥さんと逢坂剛さんのようなパターンで、親子ではないけれど親戚という例があります。

昭和52年に雪崩の研究で文化賞を受賞された高橋喜平さんと、昭和61年の文学新人賞と平成12年の文学賞の受賞者である高橋克彦さんです。
このお二人はおじとおいの関係です。

今回のイベントとは関係ありませんが、トリビアとして。

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2015年9月19日 (土)

『草思堂だより』

吉川英治記念館の館報『草思堂だより』の最新号を、TAMA ebooksにアップしました。

英治忌のお知らせなんかも掲載されているので、もっと早くアップすべきだったのですが。

どうぞご一読ください。

こちらです。

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2015年9月 9日 (水)

修学院離宮奉加帳の展示

昨日も触れたように、現在、修学院離宮奉加帳を展示しています。
そこには、吉川英治が戦中から終戦、そして戦後にかけての、戦争に関する感慨を詠んだ詩歌を並べて展示しています。
それを見てどう感じるかは、見る人次第ですが、展示を行った私の意図としては、『新・平家物語』を書くに到るまでの心の動きを感じて欲しいと思っています。

また、奉加帳の文章と合わせて味わっていただきたい文章が、以下のものです。

日頃に、厳島の美と価値とが、彼ら武人にも、正しく映じていたことがわかる。一瞬の興亡儚いものの価値と、永遠なものの価値との、優劣をよく知っていた。ただ、敬神というだけのものではない。この地上への大きな愛情でもある。
(略)
どうしても、戦争を持たなければならない地球であり人類ならば、世界中の航空基地以上の数の厳島地域が欲しいものだが――などと心で呟いてみる。
が、厳島ほどな“美”をぼくらの世間で創造できるだろうか。それは出来もしない。
美も創れない。戦争の心配も止められない。それをリシエの人間論も、恐いことだと云いぬくのだ。「――理性をもっていて、非理性的であることは、推理の能力を欠くことよりも、もっと重大である」と。(略)
広島の灯は、またたいている。あの無数な光のまたたきは、何を哭くのか。でなければ、希望しているのか。もう、ふたたびは、暗くしてはならないとしているあの地上。生命の確証。美しい、しかし、何かまだ怯えをとりきれていない夜空の眩さにも見える。ぼくの旅人的な感傷のせいだろうか。
(「随筆新平家」所収「新・平家今昔紀行」中の「宮島の巻」より)

この文章は、以前にもこのブログで取り上げたことがありますが、その時よりも長めに引用してみました。

この文章の背景については、以前のブログをご参照ください。

戦後70年に合わせた展示は特に考えていませんでしたが、この修学院離宮奉加帳の展示は、ささやかながら、それに該当するものになりました。

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2015年9月 8日 (火)

修学院離宮奉加帳

表題の資料が、先日、読売新聞に取り上げられました。
単独で紹介されたうえ、1面の『編集手帳』でも言及されました。

読売新聞購読者以外の方にも、知っていただこうと思い、以下にご紹介します。

この資料は、昨年11月に京都市在住の方からご寄贈いただきました。
寄贈者の父である元宮内省職員の方が遺されたもので、その方が修学院離宮に勤務されていた時に、吉川英治が訪ねて来て、書いたものだと伝えられているそうです。

吉川英治の文の最後に書かれた署名には「昭和二十一年晩春/英治生」とありますので、文字通りにとれば、それは昭和21年3月のことということになります。
この頃、吉川英治は京都府北部の丹後地方に講演に出かけています。
おそらくは、その前後に京都市内にも訪れていたのでしょう。

ここに書かれているのは、昭和20年8月15日の終戦からまだ半年余りという時期の言葉ということになります。

読み下した文章を、ご紹介します。


長かりしたたかひもやみぬ 春行く一日

人とかたらうて修学院の御庭を訪へば

泉石の声寂として苔香草姿いたづらに過ぎ

し日のゆかしさを偲ばせ幽恨うたた去るを

わすれしむ 流々春秋の転変史は常に

輪廻す 古人すでに云へるあり 国破れて山河

有りと われ何ぞ山水の荒涼を嘆とせむや

唯この平和そのものたる幽境に立ちて焦

土世間のいよよ極りなき骨肉相剋と同胞と

同胞との果てなき生きあらそひをおもふて

人間何ぞかくの如きや 自然の美に対して

慚愧と冷涙なき能はず



心てふかたちに澄める池水も

時のすがたは

うつし得ぬかも


「人とかたらうて」とありますから、誰かと同行していることは間違いありません。
吉川英治は、京都にも知己が多かったので、その中の誰かだと思われますが、それが誰であったかは伝わっていません。
奉加帳には他に2名の書き込みがありますが、内容などから、同行者とは考えられません。

ちなみに、「修学院離宮奉加帳」という名称は、寄贈者の方がそう呼んでおられたので、それを踏襲したものです。
実際には、表紙の題箋には「雲煙過眼」と書かれています。
その文字は、吉川英治以外の人物のものです。

文字を解読している時に、若干の違和感を覚えたのは「冷涙」ですが、「涙を零す」という意味で用いているのだと思われます。

最後の短歌は、今まで知られていなかったものです。
本文と合わせて読めば、長い戦争をようやく終えたというのに、荒廃した国土での厳しい生活の中、今度は同胞同士が生きるために争う、そのあり様を嘆く姿が浮かびます。
その思いは、この4年後に連載を開始する、吉川文学のひとつの到達点とも言える作品、「新・平家物語」にもつながっていくもののように思えます。

終戦直後の吉川英治の心境を知る貴重な資料だと言えるでしょう。

なお、この資料は秋の常設展「『新・平家物語』を中心に」の中で、11月29日まで展示しています。

ご興味のある方はお運びください。

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2015年9月 6日 (日)

今年の英治忌は9月6日です

今年も恒例の英治忌まであと1ヶ月ほどになりました。

英治忌とは、吉川英治の命日に行われるものですが、今年はカレンダーの関係で、命日当日の9月7日ではなく、9月6日(日曜日)に開催いたします。

毎年楽しみにしてくださっている方、お間違えのないよう、お気を付け下さい。

なお、この項目が当日までトップに来るように9月6日付にしてあります。

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