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2016年4月12日 (火)

作家と読者

昨日は、吉川英治賞の贈呈式がありました。

今年で50回となる吉川英治賞ですが、それを機に新たに吉川英治文庫賞を創設したので、受賞者は下記のようになります。

第50回吉川英治文学賞
「東京零年」 赤川次郎

第1回吉川英治文庫賞
「しゃばけ」シリーズ 畠中恵

第37回吉川英治文学新人賞
「Aではない君と」 薬丸岳

第50回吉川英治文化賞
嘉瀬誠次(世界をも感動させた長岡の花火師)
玉井義臣(恵まれない子供たちを50年間支援し続けているあしなが育英会会長)
鶴丸礼子(「鶴丸式製図法」を開発し、障害者向けの服のデザイン、普及に努める)

さて、贈呈式では各賞の選考委員と受賞者のスピーチがあるのですが、今年、印象に残ったのは、文学新人賞選考委員である京極夏彦さんのスピーチ。
配布される要項の選評と同じ内容のものでしたが、印象に残ったのは、こういう部分。
録音していたわけではないので、表現はそのままではありません。

小説は面白ければいいので、テーマは必要ない。
だたし、それがあることで作品が面白くなるのなら、テーマは「あっても良い」。
そもそも、作家が強いテーマを作品に込めても、それがその通りに伝わるとは限らない。
それどころか、作家がテーマを特に込めていない作品からでも、読者は勝手にテーマを読み取ってしまうこともある。
それは読者の権利で、作家がどうにかできるものではない。

作家である京極さんが、こうした読者目線の発想をされていることに驚きましたが、私も、実は同じような考えを持っているので、非常に共感できました。
読者が正しい読解ができていないと非難するのではなく、それも読者の権利だと言っているところが素晴らしいと思いました。

各受賞者の皆さま、おめでとうございました。

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