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2016年6月23日 (木)

文スト

先日、全国文学館協議会の幹事会・総会に出席してきました。

そこで話題になったことのひとつが、「文豪ストレイドッグス」(略称「文スト」)とのコラボレーションでした。
既に神奈川近代文学館が2度行い(2014年「太宰治展」、2015年「谷崎潤一郎展」)、今後、山口市の中原中也記念館、堺市の与謝野晶子記念館(さかい利晶の杜)もコラボレーションするとのこと。

実は、私は「文スト」のことを、この日初めて知ったのですが、Wikipediaによると、文豪の名を持つ登場人物が、その作品にちなんだ特殊能力を使って戦うというコミックス作品で、ノベライズ作品やアニメ化作品もあるようです。

神奈川近代文学館では、登場人物の缶バッジを配ったりしたそうですが、条件を満たして缶バッジを受け取ったのが、会期中の来館者の13パーセントほどになったということですから、馬鹿に出来ない数字です。

ただ、「文スト」の作品自体は、登場人物にされた各作家の作品や思想とは無関係なストーリーが展開しているので、嫌悪感を示す出席者もいました。

しかし、考えてみると、吉川英治も書いた時代小説などというのは、実在した人物に、かなり実際とはかけ離れたことをさせていたりします。
なので、自分の先祖はそんな人物ではない、というような苦情はしばしば現れます。

SF小説も同様です。
作家ということで言えば、30年近く前に読んだP・H・ファーマーの「リバーワールド」にはサム・クレメンズ、すなわちマーク・トウェインが登場して、世界の謎に挑むために、荒唐無稽なことをやったりしています。

その意味では、「文スト」の手法が目新しいとは言い難く、嫌悪する理由もないと、私には思えるのですが、<文学>を特別なものと考える人には、そうではないのかもしれません。

ちなみに、「文スト」の舞台は横浜。
しかし、横浜にゆかりの作家は、登場人物の中にはほとんどいないようです。

先日、横浜で行った文学散歩「吉川英治 横浜との別れ」では、吉川英治は当然として、野尻抱影・大佛次郎兄弟、長谷川伸、獅子文六、有島三兄弟、今東光、尾崎士郎にゆかりの場所をめぐりました。
他にも、横浜にゆかりの作家はたくさんいます。

今後彼らが登場する余地はあるのでしょうか?

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2016年6月 7日 (火)

浜っ子

井上章一氏の「京都ぎらい」が評判になっています。

私も京都市で生まれましたが、物心つく前から京都市の隣市で育ち、大学進学で京都を離れたので、井上氏が指摘するような洛中人の差別意識に接する機会はありませんでした。
しかし、そもそも京都市民でもない私自身の中にも、そうした意識は根付いていたりもします。

ケンミンの登場する人気テレビ番組で、伏見区出身の俳優が京都人代表のような顔でコメントしているのを見ると、「伏見なのに?」という気持ちになります。
ましてや、宇治市あたりの出身のタレントが、「はんなり」なんて口にすると、「どの口で」と思います。

そして、そんな自分にうんざりします。

さて、先週末、横浜で文学散歩を実施しました。
その準備のために、横浜出身の野尻抱影の文章を読んでいたところ、こんな描写にぶつかりました。

同じ横浜生まれでも、関外もはずれの太田赤門で、“浜っ子”と言うには少し気がひける。(随筆集「鶴の舞」より)

今回の文学散歩は「吉川英治 横浜との別れ」と題して、吉川英治が横浜時代の後半に暮らした3軒の家をめぐりました。
そのうちの1軒が<清水町の家>です。
清水町は、現在の住所では横浜市中区赤門町となります。

そのすぐ近所、横浜市中区英町に、野尻抱影・大佛次郎兄弟の生家がありました。
京急本線黄金町駅の近くで、大岡川を越えたらすぐに伊勢佐木町がある、そんな地域です。

横浜にゆかりのない私からすれば横浜の中心部としか思えない、そんなところで生まれ育った人が、“浜っ子”と言うには気がひけるということは、明治時代の人にとっての“ハマ”というのは、かなり限定された地域の事だったのでしょう。

洛中人のような意識を持った、真の“浜っ子”というものが存在しているのかどうか、わかりませんが。

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