« 『台湾日日新報』(3) | トップページ | GO »

2016年7月17日 (日)

『台湾日日新報』(4)

さて、最後に残したうちの(2)は「江戸城心中」を改題して再録したものです。

やはり地方紙に掲載された作品で、日本本土では『河北新報』(昭和5年9月1日~6年5月9日)に「江戸城心中」として掲載される一方、『北海タイムズ』には「恋愛三世相」、『新愛知』には「悲願四目菱」の別タイトルで連載されています。

さて、最後に(1)を残しましたが、これが注目すべきものでした。
確認の結果、これは吉川英治の初めての新聞小説「親鸞記」を改題して再録したものだったのです。

吉川英治は、大正12年の関東大震災に被災したことをきっかけとして、仕事を辞めて作家活動に専念することになります。
それまで小説については、アマチュアの投稿家として、懸賞に応募したりしているにすぎませんでした。

ただ、「親鸞記」については、少し事情が異なります。

「親鸞記」は、吉川英治が記者として勤務していた『東京毎夕新聞』紙上に、社命により連載(大正11年4月開始日不明~11月22日)した作品です。
吉川作品で、初めて単行本化(大正12年1月)された作品でもありますが、まだ<吉川英治>のペンネームを名乗る前のことで、著者名は本名の<吉川英次>となっています。

そんなこともあって、この最初の単行本化の後は、ずっと本になっておらず、一度だけ「吉川英治全集補巻1 坂東侠客陣」(昭和45年8月 講談社)に掲載されたことがあるだけです。

そんな、幻とも言うべき作品が、一体どんな経緯で台湾で連載されたのでしょうか。

『台湾日日新報』に連載された昭和2年当時、吉川英治は、すでに「剣難女難」「神州天馬侠」「鳴門秘帖」などの作品で人気作家となっていました。
当然、執筆依頼が殺到して多忙となっていたはずですが、それでも穴埋めのために自ら再録を提案したとは思えません。

むしろ、売れっ子として原稿を取りにくくなってきていたであろう吉川英治に対して、作家以前の吉川英治を知る人物が再録を持ちかけたのではないでしょうか。

しかし、それが誰なのか、今のところ解明できていません。

|

« 『台湾日日新報』(3) | トップページ | GO »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『台湾日日新報』(3) | トップページ | GO »