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2016年10月 7日 (金)

恋と偽名

ところで、年若い池戸文子との交際には、吉川英治も気を使ったようで、交際から間もない時期に英治が文子に宛てたハガキは、差出人の名前が偽名になっています。

その偽名が“栄子”。
苗字は書かれていないので、ちょっとしたお遊びだったのかもしれませんが。

ただ、せっかく女性名に擬しておきながら、わざわざ“エイジ”とフリガナが振られています。

なぜだろうと不思議に思っていたのですが、実は文子の姉の名が“栄子”なのです。
差出人の名を半ば冗談で“栄子”と書いてから、このことを思い出したのではないかな、と私は思っています。

なかなか子供っぽい話です。

その一方、もうちょっと本気の偽名もあります。

それは、先日触れた逃避行の際のもの。

妻のやすの目を逃れての旅だったので、追跡されないように偽名を使っています。

最初に使った名が“山上弁三郎”なのですが、これは英治の母方の祖父の名です。

そんな身内の名を使って、やすに感づかれないのかと思ってしまいますが、諸々あって山上家とは疎遠だったので、やすもそこまでは知らないだろうと判断していたのでしょう。

その後、場所を移動して、吉川英治は長野県の上山田温泉に到ります。

そこでは“菊池一郎”を名乗っています。
先日書いたように、この時に同行していたのは<津の守芸者>の“一郎”こと、菊池慶子です。
彼女の苗字と芸者としての名前を組み合わせているわけですが、いかにも偽名くさい感じになっています。

作品の登場人物の名前に比べて、あまりセンスが感じられません(苦笑)

そのためか、この時にはちょっとした騒動を起こしています。

偽名で宿泊していたため、地元警察の事情聴取を受けてしまうのです。

身元の確認のため、この逃避行で多大な面倒をかけている正木徳三郎(十千棒)の妻・すてが、わざわざ東京から駆け付けています。

後日、そのことを詫びる手紙を送っていますが、その手紙からは、地元警察の対応に腹を立てていることが伺えます。

いや、それは、そもそも女房の目を逃れて偽名で宿泊したあなたが悪い(笑)

しかも、女性側からすると、罪な話でしょう。

要するに、“菊池一郎・慶子”夫妻として宿泊し、つかの間、夫婦気分にさせておいて、結局、吉川英治は家庭に戻るのですから。

以上で触れた書簡類も、今回の特集「吉川英治の恋」で展示しています。

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