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2017年6月21日 (水)

杉本苑子さん

少し日が経ってしまいましたが、杉本苑子さんがお亡くなりになりました。

杉本苑子さんは大正14(1925)年6月26日に、現在の新宿区若松町に生まれ、戦時下に千代田女子専門学校に入学。戦後の昭和22(1947)年に同校を中退して文化学院に入学、24(1949)年に卒業しますが、その卒業論文のテーマは世阿弥でした。
その世阿弥を描いた小説「申楽新記」で、昭和26(1951)年に『サンデー毎日』百万円懸賞小説に佳作入選。
翌27(1952)年には、第42回『サンデー毎日』懸賞小説に「燐の譜」で入選。
これを機に、懸賞小説の選者であった吉川英治に師事することを希望し、その想いを書簡に認め、吉川英治に送ります。
その真摯な気持ちを汲み取った吉川英治は、以後10年間は勉強に専念し、その間は決して作品を商業誌に売らないことを厳命したうえで、彼女の希望を受け入れます。
杉本苑子さんは、吉川英治の言い付けを守り、10年間研鑽に励み、ようやく昭和36(1961)年に「柿の木の下」を『別冊週刊朝日』に発表します。もちろん、吉川英治の紹介によるものです。
そして同年7月、処女短編集「船と将軍」を刊行します。
しかし、翌37(1962)年9月7日、吉川英治は世を去ります。
杉本苑子さんは、その翌38(1963)年に「孤愁の岸」で第48回直木賞を受賞。
以後、時代小説界の第一人者として活躍されました。
昭和53(1978)年には、「滝沢馬琴」で第12回吉川英治文学賞も受賞されています。

私個人は、平成12(2000)年に吉川英治記念館で開催した特別展「太平記をめぐって――杉本苑子と吉川英治」の際に、資料の借用と返却のためにご自宅に伺った時と、この特別展にちなんだ講演会「女性の底力」を東京朝日会館大ホールで開催した際に、お目にかかりました。

吉川英治未亡人の文子夫人とは年齢が近く、親しくされていたのですが、その文子夫人が平成18(2006)年に亡くなった際、館報『草思堂だより』に追悼文をご寄稿いただいた時に電話でお話ししたのが、私にとってはお声を聞いた最後となりました。

その頃から体調を悪くしておられたので、その後どうしておられるか、気になっていたのですが、久しぶりの近況が訃報となってしまいました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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2017年6月16日 (金)

文学散歩参加者募集中

恒例となっている吉川英治記念館文学散歩ですが、今回のテーマは「吉川英治と関東大震災 向島編」です。

前回の文学散歩では、吉川英治が上京して初めて暮らした地であり、震災と戦災の記憶の残る両国周辺を歩きました。しかし、実際に吉川英治が震災当時に暮らした家は向島にありました。
また、その家の近くにある向島百花園は、作家以前の吉川英治が執筆したある小説の重要な舞台となった場所です。
今回は、吉川英治以外にも、多くの作家の痕跡が残る向島周辺を歩きます。
興味のある方は、ぜひご応募ください。

開催日は7月22日(土)です。
過去に、大雨で中止になったことがあるので、梅雨を避けた日程にしましたが、ちょっと暑すぎるかもしれません。
しかし、初めから暑いとわかっていれば、熱中症対策も各自考えて来るだろう、と言う小狡い考えもあったりします(笑)

詳しくはこちらをどうぞ。

ご応募をお待ちしております。

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