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2018年3月29日 (木)

吉川英治記念館の4月以降の開館日について(再掲)

吉川英治記念館は、4月以降、つまり平成30年度については、当面、次のような形で営業することになりましたので、お知らせします。

・開館日は金・土・日曜の週3日。
・祝日でも、この曜日に該当しない日は休館。
・開館期間は、これまで通り3月~5月と9月~11月。
・ただし、平成30年3月は、平成29年度に入るので、月曜日のみ休館で、それ以外の週6日は開館します。
・開館時間や入館料は今までの通りです。

したがって、4月の開館日は1・6・7・8・13・14・15・20・21・22・27・28・29日、5月の開館日は4・5・6・11・12・13・18・19・20・25・26・27日となります。
4月30日と5月3日は祝日ですが、休館いたします。

ご容赦ください。

また、イベントも実施します。
吉川英治記念館のウェブサイト上に、当面、6月までに実施予定のイベントを掲載しています。
いずれ、個別に告知しますが、興味のある方は、ウェブサイトをご覧ください。

http://yoshikawaeiji-cf.or.jp/

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2018年3月24日 (土)

絶筆「新・水滸伝」

では改めて、「最終回から見た吉川英治作品」に関連したお話しを。

昭和36年、吉川英治は二つの連載小説を執筆していました。
「新・水滸伝」(雑誌『日本』昭和33年1月号~)と「私本太平記」(『毎日新聞』昭和33年1月18日~)です。

人間はなぜ争うのか、人間の幸せとは何かを追求した「新・平家物語」に引き続き、人間を惑わせる権力の魔力とは何かを描こうとした「私本太平記」と、中国の古典として親しまれてきた活劇である「新・水滸伝」では、作品の性格が随分異なります。しかし、吉川英治にとっては、書き進むほどに人間の暗部へと入り込んでいかざるを得ない「私本太平記」と娯楽的な「新・水滸伝」を並行することが、気持ちを切り替え、心のバランスをとることにもなっていたようです。

この年の夏、体調を崩した吉川英治は、診察の結果、肺ガンと判明しますが、告知されなかったこともあり、「私本太平記」を書き終えるまではと、入院を拒みます。

「私本太平記」最終回の原稿は9月27日に軽井沢の別荘で書き上げ、すぐに毎日新聞の担当者に手渡されました(掲載は10月13日)。
2日後に軽井沢から赤坂の自宅に戻ると、さらに入院を延期して「新・水滸伝」の執筆にとりかかります。
10月2日の午前中に書き上げた原稿は、通常の1号分の原稿のおよそ半分である23枚で、末尾には読者へのお詫びが書かれていました。

「余儀なく今月は短章に終る。読者諸子の御寛恕を乞ふ。 作者」

その日の午後になって、ようやく入院した吉川英治でしたが、中途半端に終わった「新・水滸伝」の続きを気にして、病院を抜け出そうとします。
そこで妻の文子が苦渋の想いで肺ガンであることを打ち明けたことで、吉川英治は思いとどまり、手術を受け、療養することになります。
吉川英治はそのまま、この年の大晦日まで入院します。

その間に、入院前に書いた「新・水滸伝」第48回がが掲載された『日本』昭和36年12月号が発行されます。

大晦日に、半ば強引に退院した吉川英治は、明けて昭和37年は、自宅で療養を続けますが、「新・水滸伝」の続きを書くことはありませんでした。

昭和37年7月19日に再入院した吉川英治は、9月7日に世を去ります。

かくして「新・水滸伝」は、そのまま絶筆となりました。

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2018年3月23日 (金)

「吉川英治小説作品目録 増補改訂版」

吉川英治記念館は、昨年、平成29年3月23日で、開館から満40年となりました。
それを記念して、「吉川英治小説作品目録」の改訂版を刊行する事を決めました。

今日、開館から満41年を迎えてしまいましたが、ようやく「吉川英治小説作品目録 増補改訂版」が出来上りました。

改訂は、平成4年以来、約四半世紀ぶりとなります。
その間に新たに判明したことを反映させ、さらに、付録として小説以外の随筆集の一覧を追加するなどしました。

希望される方にはお配りいたしますので、以下のメールアドレスに「作品目録希望」として、メールをお送りください。

renraku-yehm@mbr.nifty.com

ただし、予算の都合もあり、100部しか制作しませんでした。
図書館や文学館といった施設に寄贈する分を除くと、20~30部ほどしか配布できません。
その点はご了承ください。

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2018年3月11日 (日)

震災と梅

吉川英治の句に、こんなものがあります。

咲く日だけおもひ出されて町の梅
町中の梅咲く日だけ見られけり

いずれも、花が咲いていない時の梅の木には誰も注意を払わないが、花が咲くと急にそこに梅の木があったことを思い出し、その時だけ梅を愛でる、という様子を詠んだものです。
梅に限らず、桜や様々な人気のある草花なども同じでしょう。

普段からすぐそこにあるものでも、耳目をひきつける何かがなければ、人は存在を忘れがちです。

私自身を考えてみても、7年前の今日起ったことを、そしてその直後の混乱を、いま、思い出すことはほとんどありません。
毎年、「3月11日」になると、「ああ、そうだった」と思い出し、翌日からまた忘れてしまいます。

まだ当事者の苦しみや、困難が解消されたわけでもないのに。

梅は比較的手入れの簡単な木ですが、それでも毎年、肥料を与え、伸びた枝を剪定し、害虫を駆除したりしなければなりません。
そうしなければ美しい花も、立派な実もつきません。

その日だけ思い出す『年中行事』にしてしまわず、普段から、心のどこかに置いておきたいものだと思います。


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2018年3月 9日 (金)

不幸な最終回

吉川英治には、実は数多くの未完作品があります。

特に、昭和7年1月号をもって中絶した作品が複数あります。
これは、吉川英治が作家デビュー当初から懇意にしていた講談社の編集者が、会社から不当な扱いを受けたと吉川英治に訴えたため、義憤を感じた吉川英治が講談社に連載中の作品を全て中絶してしまったためです。後に、これは編集者の保身のための虚言とわかったのですが、あとの祭りでした。

特に、昭和4年10月号から雑誌『冨士』に長期連載していた「恋ぐるま」は、これからクライマックスというところで、中絶してしまいました。書籍化されてはいますが、実は未完なのです。

一方、戦時下の統制が生んだ打切りもあります。

「三国志」は、昭和14年8月から、複数の地方紙に連載されました。
しかし、連載途中の昭和17年に新聞統合が推し進められた結果、それに伴って「三国志」の連載を打ち切る新聞が
現れました。

『名古屋新聞』は、昭和17年9月1日付で『新愛知』と統合して『中部日本新聞』となりましたが、それに先立つ8月30日で「三国志」を打ち切りました。

『小樽新聞』は、北海道内で発行されていた11紙の統合により、昭和17年11月1日付で『北海道新聞』となったため、10月31日で「三国志」を打ち切っています。

両紙の読者にとっては、それぞれの日が「三国志」の最終回となってしまったことになります。

中心的な掲載紙『中外商業新報』が、経済紙11紙の統合によって『日本産業経済』(現在の『日本経済新聞』)となっても連載を継続したため「三国志」そのものは完結しましたが、状況によっては未完の作品となっていたかもしれません。

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2018年3月 7日 (水)

忘れられた「続坂東侠客陣」

さて、現在、常設展は「最終回で見る吉川英治作品」というテーマで展示を行っています。

それに関連するトピックを、これからいくつかご紹介していこうと思います。

まずは「続坂東侠客陣」について。

“吉川英治”は実は本名ではなく、ペンネームです(本名は英次)。
このペンネームを初めて使用した作品が、雑誌『キング』に連載した「剣難女難」と、『面白倶楽部』に連載した「坂東侠客陣」です。どちらも大正14年1月号から連載が始まりました。

さて、「坂東侠客陣」は大正15年2月号をもって最終回となりますが、その末尾には「次号より引続き 続坂東侠客陣連載!」と謳われています。そして

作者より――拙作『坂東侠客陣』は、ここに一先づ前篇了りの形をとります。為に、篇末『海行く坂東調』の一節は多少粗描早筆の痕あるを否まれません。深くお詫び致します。

との一文があります。
確かに、事態の収拾のためにこれから敵地に乗り込む、というところで話が終わっています。

次号より引続きと謳われている「続坂東侠客陣」は、実際には2ヶ月後の『面白倶楽部』大正15年4月号から連載が始まります。
「坂東侠客陣」のラストシーンから6年後の後日談が描かれますが、わずか5回、大正15年8月号で終了します。短いながらも、中絶ではなく、一応大団円ということになっています。
ほぼ登場人物のその後を描いたにとどまるこの作品は、分量からすれば単行本化の際に「坂東侠客陣」の末尾に加えても、問題のないようなものですが、結局、そうした形にはなりませんでした。
大正15年11月に刊行された「坂東侠客陣」の初版本は、大正15年2月号の「坂東侠客陣」のラストまでで、終わっています。

「続坂東侠客陣」は、蛇足といえば蛇足ではありますが、かくして連載後いかなる本にも収録されていない幻の作品となってしまいました。

ところで、吉川英治記念館で刊行している『吉川英治小説作品目録』では、「続坂東侠客陣」は抜け落ちています。

おそらく最初に調査した人たちが、「次号より連載って書いてあるけど、3月号には出てないから、結局書かなかったんじゃない?」と判断したのでしょう。
見落とされたまま今日に至ってしまいました。

しかし、今月中に『吉川英治小説作品目録 増補改訂版』を刊行することになりました。
そこには、この他にもいくつか見としていた作品が収録されています。

これについてはいずれ日を改めてご紹介します。

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2018年3月 1日 (木)

本日より開館

吉川英治記念館は、本日3月1日より、平成30年の春の営業を開始いたします。

ただし、既にお知らせしたように、3月は従来通り、月曜定休で、それ以外の火~日曜日は開館しますが、4月以降は異なります。

4月からは毎週金・土・日曜日の3日間のみの開館となります。

したがって、春の開館期間は3月1日(木)~5月27日(日)となります。

ご注意ください。

さて、この間の常設展は「最終回で見る吉川英治作品」というテーマになっております。

また、青梅市梅の公園は、昨年度より再植栽が進んでいます。
まだ若い木が多いですが、花を咲かせてくれるでしょう。
観梅というより探梅といった風情かもしれませんが、ぜひ、併せてご来訪いただければ幸いです。

お待ちしています。

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