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2018年3月 9日 (金)

不幸な最終回

吉川英治には、実は数多くの未完作品があります。

特に、昭和7年1月号をもって中絶した作品が複数あります。
これは、吉川英治が作家デビュー当初から懇意にしていた講談社の編集者が、会社から不当な扱いを受けたと吉川英治に訴えたため、義憤を感じた吉川英治が講談社に連載中の作品を全て中絶してしまったためです。後に、これは編集者の保身のための虚言とわかったのですが、あとの祭りでした。

特に、昭和4年10月号から雑誌『冨士』に長期連載していた「恋ぐるま」は、これからクライマックスというところで、中絶してしまいました。書籍化されてはいますが、実は未完なのです。

一方、戦時下の統制が生んだ打切りもあります。

「三国志」は、昭和14年8月から、複数の地方紙に連載されました。
しかし、連載途中の昭和17年に新聞統合が推し進められた結果、それに伴って「三国志」の連載を打ち切る新聞が
現れました。

『名古屋新聞』は、昭和17年9月1日付で『新愛知』と統合して『中部日本新聞』となりましたが、それに先立つ8月30日で「三国志」を打ち切りました。

『小樽新聞』は、北海道内で発行されていた11紙の統合により、昭和17年11月1日付で『北海道新聞』となったため、10月31日で「三国志」を打ち切っています。

両紙の読者にとっては、それぞれの日が「三国志」の最終回となってしまったことになります。

中心的な掲載紙『中外商業新報』が、経済紙11紙の統合によって『日本産業経済』(現在の『日本経済新聞』)となっても連載を継続したため「三国志」そのものは完結しましたが、状況によっては未完の作品となっていたかもしれません。

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